今までで一番緊張した「高砂」かも・・・

レポート

未だファミリーミュージカルの興奮醒めやらず、稽古の時の話を一つ。

 

「ヒトクサリの大会」に向けて稽古もいよいよ皆の思いも高まり、全体の流れも見えてきたかという3月初め頃、作演出の岡部さんから1つの提案を聞かされます。

「出演者メンバーに、プロの能楽師さんによる、本物の高砂を見せてほしい」

というものでした。

もう終演したのでばらしますが、今回の作品は、クライマックスに能「高砂」の一節を出演者全員が謡うシーンがあり、それで私が所作指導として謡の稽古に通っていたのです。

本物の高砂を披露する事自体は難しい事ではありません。
数名の能楽師に依頼をし、高砂を謡っていただき、私が舞えば済む話です。

しかしこの依頼に、私は随分悩んだのです。

日頃のミュージカル稽古に毎回参加したわけではありませんが、少し抱いていた私の不安。
「出演者は皆、この高砂が大切なシーンである事を理解してくれているだろうか」という事。

6人姉妹のバラバラで繰り広げられるストーリーが、いずれ1つに重なっていき、その最高潮にこの高砂を皆で謡うのです。

しかもその時にはこの舞台のテーマが、特に今コロナ禍で脅かされている「文化」
全部なくなっても全部はなくならへん!
というフレーズが一貫して出演者から口ずさまれていますが、正しく作演出の岡部さんの思いを表現していると思います。

「歌う」「踊る」「読む」「書く」「食べる」「聞く」・・・我々の1つ1つのこの営みが脅かされてはならない、
むしろそのような
「なくなったら困る」
という消極的な意味から転じて
「なくなるはずがない、なぜなら文化は私、私が文化だから!」
という積極的なうねりになっていく。

皆の思いが高まってきたピークでの、「高砂」のシーン。

実は、岡部さんがこのような脚本を描いた裏には、私が「能meets北浜」という講座で、1月に「高砂」の曲解説をした時に話した内容がきっかけになったと後で知りました。

詳しいあらすじ等省略しますが、能「高砂」は、よく「夫婦愛」「長寿」がテーマであることが強調されます。
私はそれに加えて、「和歌の賛美」が大きな根幹になっているのですと、講座で申し上げました。
そして、「高砂」の作者、世阿弥という人は、和歌の素晴らしさを舞台に描き、その事で当時戦乱の世に「文化で平和を」願っていたのだと。

岡部さんはその私の話を聞き、この「高砂」を、世阿弥の思いを、ファミリーミュージカルの脚本にのせたいと構想されたそうです。

そんな事もあり、このシーンは大変重要な所。
平和への願いを込めて、文化への願いを込めて。
その気持ちが重要であります。

私の実演を出演者に披露するかどうかは、2日前まで岡部さんと話し合い、悩んでいたのです。
私は「見せない方がいいかもしれない」と言いました。

もし高砂を出演者が見て、「へぇこんな感じね」と、
「珍しいもの見ました」
とか、
「こんなプロのようにはできないよ」
程度に終わってしまうと、
当日の高砂のシーンに、皆気持ちが乗らなくなるのではないかと危惧したからです。

二人で相談した結果、当日サプライズで仕舞「高砂」を披露することに。
ご迷惑お掛けしましたが、私の先輩である井戸良祐氏、そして後輩の上野雄介氏二人に、前日に依頼をし、無理に予定をあけていただきました。

3月20日、本番の1週間前。
他の舞台を終えた私含む能楽師3人は、ミュージカルメンバーにばれないよう楽屋入り。
これを知っていたのは岡部さんとメイシアター古矢館長と担当の佐藤さんだけ。

岡部さんが稽古前で張り切るメンバーを急に召集し、「話があります」と。
何事かと張り詰める皆。
これも後日談ですが、皆さんは「コロナで公演が中止になる」という悪い話を想像してしまったそうですね。

不安で一杯の皆さんに、岡部さんが「今日は皆さんに紹介したいものがあります」と一言だけ。

何が始まるのか、何を言われるのか。
不安な皆さんに悪いと思いましたが、わざと時間を置いて我々が登場。

確かこの時「キャ!」というざわめきがあったように思います。
しかしそれも束の間、すぐにまた静まり返りました。
皆さんはここでようやく事態が呑み込めたのでしょう。

およそ6~7分だったと思いますが、本当に張り詰めた空気の中での仕舞「高砂」。
舞い終えた後も、私はしっかりと息を詰めたまま退場しました。
空気感を残したまま退場する、これは能では絶対に欠かせない事です。

今回のサプライズで伝えたかった事。
「珍しいものを見た」という事ではなく、
「目に見えない何かを見る事ができた」という感慨。
「気」のようなものが主体となって演じる事。

中には仕舞を見て涙を流された方もいらっしゃたとか。
我々演者の気が伝わったという事でしょうか。(勿論、公演中止?!という不安から解き放たれた安堵もあると思いますが、だとすれば尚更舞台とは面白いものだと感じます)

その後井戸氏上野氏から意外な言葉。

「めちゃくちゃ緊張したわ!こんな大変な仕事、前日に依頼してくるなよ!」

我々は何遍も勤める機会があり、慣れているはずの「高砂」が、私も含めて能楽師の方がとても緊張したのです。
見ている人の真剣な気を受ける事が出来たのです。
実は井戸氏上野氏この二人に依頼をしたのも、彼らならば出演者の熱気をきちんと感じて謡ってくれるだろうと思ったからです。
私のキャスティングは間違いではなかったのですね。

出演者からの思い、そしてお客様からの思い。
この2つの行来が、素晴らしい空間を作るということを、改めて認識させていただきました。

今回のこの経験は、実はミュージカル本番の、ある演出に繋がりました。

私から岡部さんに注文したこと。


「高砂のシーンだけ、舞台も客席も明るくしてほしい」

岡部さんも、照明の西崎さんも意図をご理解いただき賛同してくださいました。
普段の劇場は客席が暗いのですが、高砂を謡う時は、出演者からお客様のお顔が見えるようにしたいと思いました。
どのような気持ちで、どのような表情で自分の高砂を聞いていただいてるのか。
それを感じる事も必要ではないかと考えました。

当日を終えて、メンバーはきちんとお客様の様子を見ることが出来たのでしょうか…緊張でそれどころではなかったかもしれませんし、そもそもマスクがじゃまをしてお顔が分からなかったかもしれませんね。

サプライズによる仕舞「高砂」の後から、皆様の稽古に取り組まれる気がガラッと変わったようですと、後日伺いました。

メイシアターの開館35周年記念を祝いたい、6年間お世話になったメイシアターへの感謝、というお気持ちもあったそうですが、
「高砂をメンバーに見せてあげてほしい」と仰った岡部さんの、メンバーへの愛情が本当によく分かるお話。

その時の様子を、岡部さんもblogに挙げておられます。
「贈る気持ち」ページ