素晴らしい舞台に立ち会えました

レポート

引っ越しで遠くへ行ってしまった6人姉妹、それぞれに起こる出来事。
優しさ故にウソをついたり、画面越しで伝わらない事があったり、会えないはずなのに繋がろうと必死にもがく悲しさがあったり。

そうしてやがて
「全部なくなっても、全部はなくならへん」事に皆が気付いていく。
「お別れしたけど、してない」事に皆が気付いていく。

最後は壮大なテーマに出演者全員が立ち向かっていく。

皮肉な事ではありますが、コロナ禍であるがゆえの岡部尚子氏による超大作、

ファミリーミュージカル「ヒトクサリの大会」

は3月27、28日の2日間上演され、客数制限あったものの、大盛況で幕を閉じました。

全てを取り仕切られましたメイシアター館長古矢さんやスタッフの佐藤さんのご尽力並々ならないものがあったと思います。

出演者は一般公募による選出等で選ばれた、小学生から大人まで様々。
このコロナ禍の状況で稽古時間を制限されながらも必死に歌やダンスを稽古されていました。

音楽担当のクスミヒデオさんは、大変熱い方で、熱心に指導をされており、またすべての歌をクスミさんが作られた事を聞き、本当に大変な作業だったと思います。
しかしクスミさんは出演者でもありますから、ダンスも覚えないといけません。
出演と指導、本当にお疲れさまでした。

振付担当の斉藤千秋さんは、初対面でしたがいつも気さくに声をかけてくださり、稽古時間の合間に、能やダンスの事で色々とお話できたのは良い思い出となりました。
出演者への指導は、本当に全体のバランスをご覧になっていたり、時には個々に指導をされたりと、あの短い時間で的確に手ほどきをなさいます。
この集中力は、やはりダンスへの情熱がおありだからなのだなと思いました。

そして全てを統括する岡部さんは、稽古の合間もおそらく頭をフル回転しながら、時には客席の一番後ろから見たり、時には前から舞台を確認したり。
手取り足取りは教えない。
出演者が自分で考えるように指導をされるという印象を受けました。
悪かった所は言う、でもどうすればいいかはあまり仰らない。

そこをカバーしていくのが、岡部さんが率いる劇団「空晴(からっぱれ)」の皆さん。
出演者として参加されていますが、同時に他の出演者のサポートに走り回っておられました。
具体的な指導や小道具の手配、舞台セットの組み立て等幅広くお手伝いいただきました。

このような面々に囲まれた出演者。
稽古場に楽しそうに通っているのが印象的でした。

実は私は今回はあまり出演者と個々にお話をしませんでした。
「オッサン気質」といいますか、あまり喋りかけてあげない方がいいかなと思っていました。
いつも着物で来るし、私はそのつもりはなかったのですが、周りは私に少し緊張をしていたそうです。
しかしその「オッサン気質」が間違いであることに、最終日に気付かされました。

岡部さんも、クスミさんも、斉藤さんも、そして私も、指導者全員が共通して何度も言った事、
「気持ちを入れる」「心を込める」「一生懸命やる」

ありきたりな言葉ですが、これに尽きると思います。
これを言われた側は、「だからどうすればいいの?」となるでしょうね。
でも、ここの部分は手取り足取り教えられないのです。

心を主体にして舞う、能ではそのような事がよく言われます。
勿論技術は必要ですが、技があっても心がなければ上っ面です。
心があっても技がなければ、やはりどうにもなりません。
この二つは「並行して」手に入れないといけません。
でも、どちらが先行するかというと、私は「心」のような気がしています。

「気持ち」があるから、結果として大きい声が出たり、目力が生まれたり、姿勢がしっかりしたり、セリフをすぐ覚えたり出来るのだと考えています。
大きい声を出したから、「私は一生懸命やってる」とか、セリフを覚えたから「私は真剣に取り組んでる」と思うのは、私は大きな間違いだと思っています。

まずはその役に対しての「心」「気持ち」(それが何者なのかはここでは申しませんが)が先行して、技が後から付いてくる。
そうしてやがてその二つが「心技一体」となる。
「技」は指導者がいくらでも教えられますが、「心」は自分から学ばないと体得できないものだと思います。

今回の出演者の皆さんは、本番はおそらく「稽古通りに」つとめようとしたはずです。
でも、本番は
「稽古通り以外の何か目に見えないもの」
を感じたはずです。

「今日の舞台は気が入っていたな」とよく言われる事がありますが、その「気」と言われるもの。
稽古で習った事にプラスした何か。
その部分でお客様を感動させる。
その+αでお客様の心を動かす。
お客様を「感心」から「感動」へ。
その+αは、舞台に出たものにしか分かりません。
その+αは、そこに居合わせたお客様にしか分かりません。

そして、その+αは、どんなに指導者が素晴らしくても、手取り足取りは教えられません。
その+αを得るためにはどうすればいいのか。
様々な表現者はそこで壁に当たるのでしょうね。

今回の舞台には、確かにその+αがありました。
+αは出演者皆が感じたはずです。
だから皆涙を拭きながら、涙を堪えながら舞台に出ていったのです。

人の「心」を動かすものは、人の「心」である事に今更ながら気付きました。

例え間接的であっても、「心」でないと「心」を動かすことはできません。
能も、ミュージカルも、映画も、美術も。

その心のやり取りが「文化」と呼ばれるものなのかもしれない。
このコロナ禍で、これこそがなくなってはいけないもの。
この際手紙でも、電話でも、ゲームでも、SNSでも、なんでもいい。

「全部なくなっても、全部はなくならへん」

そんな事を考えた舞台でした。
指導者として参加しておきながら、沢山教えられました。

終演後の最後の一人一人の挨拶では、
「ただただ感謝しかない」と言った人、
「自分を変えたかった」と言った人、
「かつて大挫折をしたけど、とあるセリフで救われた」と言った人、
「人間の原点に帰った」と言った人、
涙で何も言葉に出来なかった人。

このメンバーは、充分に自分の心を動かし、そして充分に人の心を動かした同志たち。
そこに少しでも立ち会う事ができて、幸せでした。

「オッサン気質」だけが私のじゃまをしましたね。
心を動かすという、表現者としては当たり前の事を忘れていました。

今回の舞台に携わった全ての皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました。

また、いつか。