出演者が語る 望月あれこれ話 レポート(2)
レポート4月8日(日)に、大阪・山本能楽堂で、東京のシテ方観世流能楽師・武田宗典さんをゲストに迎えて行われた特別講座「出演者が語る 望月あれこれ話」。その一部を公開するWeb版第2弾です。先に公開した第1弾の続きから始まります。
能では「頭の中で舞台を操作する」
林本 さて、『次第』の謡が、ツレ・友治の妻の不安な心の中の様子を謡っていることは分かりました。その後もしばらくずっと謡っていますよね。これは、どのようなことを言っているのでしょう?
武田 そうですね。内容としては……自分自身の旦那さんである安田荘司友治が望月に討たれてしまった。多分それなりに大きなお家の女主人だったはずですけれど、友治が討たれた後は、いろいろいた家臣や召使いたちも、みんな散り散りになってしまってます。
そんな中、自分の子ども・花若だけは何とか隠し守っていかないと、と本国である信濃を捨てて、京都へ向かおうとしています……とそんなことを語ります。
その後、『道行(みちゆき)』と呼ぶ謡で、母子二人で落ち延びて行っている様子を表現するのですが、途中途中でつらい思いもしながら、守山までやってきました……というところまで謡いあげます。
林本 不安で、さまよい歩いて、ようやく今の滋賀県の守山までやって来るのですが、そこで宿を借りるわけです。今、説明していただいた部分、宗典さんが演じるツレがずっと謡っている間、私が演じるシテがどこにいるかというと……実はずっと舞台の右側で座っているんですね。正直なところ「もう会うてるやないか」「謡っているのも聞こえてるやないか」と。
一同(笑)
林本 でも、そういう風に思って見てしまうと、お能はたちまち面白くなくなります。宗典さんが謡っている間は、皆さんは、頭の中で私の存在を消して欲しいんです。こういう風に、頭の中で操作していく。特にこの《望月》では、舞台転換の中で大切になってきます。
シテの心の内のセリフ
林本 宿を借りようということで、ツレからシテに声を掛けます。そこで、シテの私がようやく立ち上がります。私が動いたことで、この舞台が甲屋という宿の、入口といいますか、玄関になります。皆さんも、そこで自然に切り替えていただきたいです。
ここでシテが応対します。「宿を貸してください」「たやすいことです。どうぞどうぞ」というようなこと言うのですが、そこで、シテは「あれ?」と思うのです。それをどのように表現するかというと、「入ってください」と入れ違うのですが、
(実際に林本・武田氏の二人で舞台上で入れ違って見せる)
林本 入れ違った時にシテだけ、ちょっと心を留める。一方でツレは舞台の右側に座るのですが、これで、宿の部屋に案内したということになります。舞台は何も変わらないのですが、入れ違って、ツレが座っただけで部屋の中にもう案内をして入れた……として見て欲しいのです。
さて「あれ?」と思った後、シテはどうするか。こちら(橋掛)へ行きます。皆さん、シテが橋掛に行くことで、どんな感覚になりますか? 例えば部屋に案内した後、部屋から出たようにも見えますね。
また演劇やドラマなどで、一人で「今の人、なんか見たことがあるな」といった感じに心の中を話す時には、その人だけスポットライトがあたりますが、お能ではそういうスポットはありません。そこでシテが橋掛に行った、そこで話したことで、心の中の言葉を話している、と思えるかもしれません。
でも、実際にはシテはまだ部屋の中にいるのかも分かりません。ともかく外へ出て、「今の人をよくよく見たら私が昔、お仕えしていた主君の北の方(奥様)じゃないか」ということを言います。
実際はどうなのか、それは皆さんの頭の中で考えてみてください。
