能の「楽屋」

能の世界では「入り時間」つまり、何時に楽屋に入るかというのは、決まっていません。

よくホールなどで能の舞台をつとめる際に、舞台スタッフの方から「当日は何時に皆様楽屋入りされますか?」と聞かれますが、私の答えは「さあ……分かりません。」

例えば13時開演の能の催しがあった場合、11時に入る人もいれば、12時の人も。13時過ぎてから自分の出番に間に合うように来る人も。

そしてまた、私達は楽屋での役割すら決められていません。もっとも、重要な部分は事前に決めておく事もありますし、舞台上での役割(シテや地謡など)は勿論事前に主催者からお願いされることはあります。

私達が当日の催しまでに渡される情報は「番組」という、誰が主役で、何の曲で、地謡が誰で、会場がどこで、何時に始まるかというプログラムです。

私達(特にシテ方の若手)は、その番組を元に、「自分は何時頃に入らないといけないか」を判断するのです。

その日の催しの番組の出演者を見て、自分が一番下っ端だなと思ったら、皆より早めに行こうと判断したり、能の衣装の準備が大変そうな曲だなと思えば早く楽屋入りしたり、逆に若手が多いからいいやと思えばゆっくりめに来る……。

また楽屋での仕事も、「あなた装束着付けお願いね」「幕上げしてよ」という言葉が飛び交うことはあまりありません。その時楽屋にいてる能楽師各々が、「僕は幕上げしよう」「装束の準備は手伝うけど、シテの人はあまり面識ないから着付けは遠慮しておこう」など。

もし誰も幕上げをしようと思わなければ、シテが舞台から帰ってきても幕は上がりません。皆が遅くに楽屋入りすれば準備に支障が出るでしょう。

11月11日、私の後輩の今村哲朗氏が能の秘曲「道成寺」を無事に勤めました。この日は彼が主催ですので、舞台の事以外にも、例えば弁当の準備やチケットの手配、会場費の支払いや終了後の懇親会の世話などあらゆる事をしないといけません。

私は少しでも彼の手助けになればと早くに楽屋入りするつもりでしたが別の用事でどうしても遅くなり1時間前に楽屋入り。しかしその時点で若手のほとんどはもう出勤しているのです。「早目に楽屋入ろうね」と打合せはしてないのに。そして皆が哲朗君の為に、自分ができる仕事をこなし、「哲朗君をゆっくりさせてやろう」「なるべく舞台に集中できるようにしてあげよう」という周りの思いがそこにはありました。

各々が自分の役割を心得て、仕事を取り合う事もなく、さぼる事もなく。役割を予め決めていないのに、仕事がスッと進んでいく。ハプニングがあっても、誰かが対応策を講じ、皆で対処していく。

お客様には伝わらない事かもしれませんが、そのように楽屋が役者を舞台に送り出す「構え」がしっかりしているからこそ、舞台をしっかり勤められる。

「道成寺」の装束着付けが始まった時、楽屋の中から人が知らぬ間にいなくなり、最低限の人数のみ。沢山人がいると、主役が集中できない為、そして「道成寺」を勤めた者以外は楽屋に入る事は許されない為です。勿論誰が楽屋に残って、誰が立ち去るか、打合せはありませんでしたが、自然にそうなりました。

写真は「道成寺」終了後の懇親会にて。哲朗君と、舞台に楽屋に頑張った若手達。

能の楽屋は「不思議」な世界です。

板につく

先日、とある団体様対象に講座をさせていただきました。その後、その団体の方から、「先日の講座の内容、特にすり足の事を会報に掲載したいです」と依頼が。

夜中に、ない頭をしぼり考えました。せっかく苦労して生み出した文章ですので、ここにも転載させていただきます。

「板につく」

文字通り、すり足が舞台の床にくっついているかのような様から、技が熟練している事を表した言葉です。

能の舞の基本はこの「すり足」にあり、この足の運びであらゆる感情が表現されなければなりません。

舞の見せ所は、勿論時には華やかな、そして豪快な動きが魅力的ではありますが、その奥には、きちんとした「構え」が存在します。

動いていない「静」の状態がすでに何かを訴えかけているかのような説得力があるのです。
例えて言うならば、時速100キロ分のアクセルを踏みながら、同じだけのブレーキを踏んで止まっている状態で我々は構えを行っています。

その状態で静止しているからこそ、ようやく1足動き出すと世界が広がると申しますか、空間が動くのです。2足後ろに下がれば気持ちが内にこもったり、逆に2足ワキに向かって動けば、攻撃的に気持ちが外に向かっていきます。能の動きのその神秘を楽しむには、まずは「動いていない」その体を理解しないといけないように思います。

そうしてやっと動き出したその体や足で、例えば長年沢山の風雪に耐え抜いてきた老木の精の今までの人生を背負って、目付柱までまっすぐ歩いていく。例えばある女に恨みを持つ妻がその恨みを晴らさんと夜中にひたひたと貴船神社まで歩んでいく。

お客様にすれば、「歩みだけで表現をする」事への物足りなさがあろうかとは思いますが、能の舞の基本はそこにあり、我々はそこを怠って修行してしまってはどうしようもありません。

能の構えは「武士道」の影響を多分に受けていると言われています。

「神事」として始まった能楽は、いつの間にか、武士のたしなみになり、様々な名だたる武将が能を鑑賞し、または演技をします。豊臣秀吉は「能に暇なく候」と奥さんに手紙を送ったり、徳川家康は遺言に「能だけは絶やしてはならない」と残しています。

「武士は食わねど高楊枝」という言葉がありますが、能の動きもその言葉に表されるかもしれません。ぐっと息を詰めて、静止をするのですが、眼を血走らせて、歯を食いしばって青筋立てている所をお客様に見ていただくわけではありません。

「こんなに力入れてますよ、こんなに頑張ってますよ」という部分を内に秘めて、何事もなかったかのようにすっと立っている。若い時にはどうしてもそれが表面に出てしまうのですが、熟練すると、そういう「余分なもの」が消えていくものだと思います。

とにかく、お客様にとってはおそらく「不親切な表現」であることは間違いありません。

普段の演劇ならば、目の前に欲しい物があった場合、眼をギラギラさせて手を出しもがいているような演技をするはずですが、能の場合はその思いを自分の胸の内に込めて、ただその物の前でずっと座っている。

それこそが能の表現であり、だからこそ、お客様が各々で想像を膨らませる「余白」の部分が生まれます。

是非皆様、「余白」を楽しみに能楽堂にいらしてください。

観世流能楽師 林本大

写真は8月、「DOORS」という講座にて、すり足の解説を行った時の写真です。能を説明する時にはこの「すり足」は非常に重要なポイントです。

「能が織りなす海の物語」完売御礼!

いよいよ今度の日曜日に迫りました、佐賀県唐津市呼子にての、「能が織りなす海の物語」。

お蔭様をもちまして、ほぼ完売となりました。このような大反響をいただき、スタッフと共に嬉しく思います。
以下、佐賀新聞に掲載されました記事をご紹介させていただきます。

船の上で能を楽しむイベントが30日、唐津市呼子の呼子港で開かれる。同町出身の能楽師林本大さん(40)らが、海にちなんだ演目を中心に披露する。

マリンパル呼子に係留した貨物フェリー「どんがめ」の上に、ステージを設置。海に沈められてしまった太鼓の名人の少年を描いた「天鼓」や、船に乗る義経らを平家の亡霊が追う「船弁慶」などを演じる。各演目の前には林本さんがあらすじや見どころを解説する。

大阪に住む林本さんは月に一度、同町で能教室を開いている。気軽に能を楽しんでもらおうと、神社や公民館などで定期的に公演も催している。今回のイベントは「海の上で登場人物たちの存在を感じてもらえれば」と企画した。「開放感ある海上のロケーションで能を楽しんで」と呼び掛ける。

午後5時半開場。入場料は2500円。大学生以下千円。チケットは前谷薬局で取り扱う。雨天時は呼子公民館で行う。
(『佐賀新聞』7月11日記事より)

            

以上、記事からの掲載です。

完売になってからホームページへの記載になってしまい、申し訳ございませんでした。船の上で行いますので会場設営から色々と大変なことも多く、難儀しました。まだ解決できていない問題もあります。

しかし、この企画は私が2年程ずっと願ってきた事なのです。「いつか呼子の海の上で舞を披露したい」そう思っていた時に、「どんがめ」という船を見ました。この船自体は、車を何台も運んだり、船を曳いて運搬したりしているそうです。このどんがめを目にして、「ここでやってみよう!」直感でそう思いました。

この企画には、呼子大声会の皆様、そして子供教室の保護者の皆様のご理解・ご協力あってのもので、決して私が一人で運営できるものではありません。皆様の思いがまずあって実現したものです。

当日はそうした皆様の思いをしっかり受け止め、有意義な催しにしたいと考えております。お越しの皆様当日はどうぞよろしくお願い申し上げます。

このメンバーで!

また、この舞台がやってきました。
能と現代演劇が一つになる。今回第3弾となります「能×現代演劇 WORK #3」。

能に「舎利(しゃり)」という物語がありますが、その話を題材に作り上げる、その名も「韋駄天」。

「舎利」とは、仏の歯の事。釈迦の死後、彼を慕う人たちがその骨を取り合い、聞くところによると何百万にも分骨されたとか。そのような事実がこの物語を生んだのでしょうか……。

京都の泉湧寺にも仏骨が収められています。ある僧が一目舎利を拝みたいとやってきます。同じくその場に現れた一人の男。彼も舎利を目の前に、この尊さを語ります。しかし、ふと見るとその男の様子がおかしい。男は「許し給えやお僧達」と周りの人達の目を眩めて、その紛れに舎利を奪い、天井を蹴破り去っていく……。

と、能はここで前半終了。後半は舎利を奪い取った鬼が、宇宙空間を逃げている所に、背後から突風の如く駆けてくる神、韋駄天。二人の壮絶な舎利争奪戦が始まります。

今回は「舎利」の物語を、能と現代演劇で表現します。毎回タッグを組んでいる脚本家、林慎一郎氏が先日、その本を書き上げました。今度の出演者と顔合わせ、そして皆が初めて手にする脚本。おそらく自分がどの役をするのか分からないまま本読み。私もその本読みを傍で聞かせていただきましたが……おもしろい!

話のネタばらしをしてはいけないので内容は触れませんが、この写真のむさくるしい……いや失礼、男くさい……いやいやこれもすみません、とにかく男達が作り出す世界に期待大!

これまでは、男女混合のチームでした。第1回目「紡ぎ歌」では前半を演劇、後半を能で。2回目「心は清経」は演劇中心で、能の演技がそれを装飾。

今回3回目「韋駄天」は、どのような構成になるのか、皆さん楽しみにしていてください。

700年も昔から続く能の物語、古臭い、埃がかぶっているようなイメージに捉えられる事が多いのですが、「能は現代にも続く普遍的なドラマ」です。

林氏が、能のドラマを自在に表現していく。そのことがまた逆に、能が色あせたものではないことへの確認につながる。

いつもの能公演とは違いますが、この舞台をご覧いただいて、さらに能への興味を深めていただけるものと思います。

「能×現代演劇 WORK♯3 韋駄天」
日時:平成29年8月20日(日)17:00開演(16:30開場)
会場:山本能楽堂(大阪市中央区徳井町)
料金:一般前売3,000円 一般当日4,000円

主な出演者 
能「舎利」シテ林本 大 他
現代演劇 
小笠原 聡・加藤智之(DanieLonely)・小坂浩之・上瀧昇一郎(空晴)・村山裕希(dracom)

お問合せ・お申込みは「大の会」ホームページチケット申込フォームよりお申込下さい。

数年に一度の写真?!

いつも「大の会」ホームページご覧くださいましてありがとうございます。

能の世界、能楽師は「分業」。能の役者は、それぞれシテ方(主役、ツレやトモの役、地謡、後見)、ワキ方(いわゆる脇役)、囃子方(笛、小鼓、大鼓、太鼓)、狂言方という4つのパートに分かれます。

私はシテ方です。私がワキ方に移行したり、囃子方を勤めたりすることはありません。小鼓を演奏する演者はずっと、一生小鼓を打ち続けていくのです。

「焼き鳥屋」「たこ焼き屋」「寿司屋」のように、日本は一つの分野を集中して、一生かけて、取り組んでいく精神性を持っているように思います。一つの事のみを必死に作業して、その分野のレベルアップをはかっていく。能の世界も、自分が与えられた事のみを生涯かけて稽古修練し、舞台ではそうしてきた皆がぶつかり合う。そうしてよりよい舞台が生み出されていくのです。

勿論、修行時代に他の分野の事は必ず勉強します。私も囃子は全てお稽古させていただきました。その上で、そのお稽古した事を踏まえて、自分の「シテ方」という役を勤める糧にするのです。

……と、偉そうな事を書きながら、実は数年に一度位、「乱能(らんのう)」という、自分の担当分野を全て入れ替えて舞台を勤める、お祭りのような催しがあります。例えば普段楽器を演奏する人が狂言をしたり、ワキ方が楽器を演奏したり。

さる6月11日、「山本能楽堂90周年記念能」というおめでたい催しの終了後のお客様も交えた懇親会にて、この乱能(実際には舞囃子のみでしたが)の舞台に参加させていただきました!担当したのは一番苦手な「笛」。

「笛」は修行時代に習いたての時に、笛の講師の先生から、「君の笛は聞いてるとしんどくなるから、次の稽古からは笛持ってこなくていい」と言われた程。

今回久しぶりに笛を吹くに当たり、同期の笛方斉藤敦氏にお願いし、数度お稽古伺いました。

……結果は悲惨な有様でした。音は鳴らない、譜を間違えてしまう。お祭りという事で皆さんには大目に見ていただいたようです。

しかしながら、いつもとは違う場所に座る事で、いつもの私の位置が見えてくる。「ワキの演者はこんな思いで謡ってるのか」「囃子方は私たちのこのような謡をこんな気持ちで演奏しているのか」など。

たまに違う場所に座って、まわりの事をよく知り、そしてまたいつもの場所に戻る。本当に能の世界は不思議で、日本的で、魅力的だと思います。

お越しくださいました皆様、ありがとうございました。

和のい・ろ・は

平成20年に内弟子を独立してすぐに、「大阪青年会議所」に入会しました。25~40歳までの、大阪または日本をよりよい街にするために活動している団体です。

能の世界しか知らない私はこの集まりで、名刺の渡し方や議案書の作り方など、社会人としての最低限度の事を沢山教わりました。我々では当たり前だと思っていることが一般では違う。そして青年会議所のメンバーは経営者が多いのですが、会社では一国一城の主が、駐車場の場内整理をしたりイベントの受付をしたり。同世代のいろんなメンバーと共に過ごして9年。これからの人生のとてもおおきな糧になりました。

今年の12月で青年会議所を卒業します。最後の1年に何か残したいと思い、「和のい・ろ・は」を結成。微力な私にできることは、日本の文化を皆さんに紹介できること。幸いにも、現在青年会議所には、茶道や和菓子、着物や日本美術など、日本文化に携わっているメンバーが多数在籍しています。その皆さんに声を掛け、私の想いに賛同していただいた方々で、この国が長年大事にしてきたものを伝えていく作業をさせていただく事になりました。

第1回は私の「能楽」と、松井宗豊氏の「茶道」の紹介。各々が勝手に自分の領域を説明するのではなく、対談形式でお互いの文化を「尋ね合い」していきます。つまり、私がお客様の立場に立って、茶道の事を色々尋ねていき、また松井氏が能について色々質問をしていく。その中で「能」と「茶道」に共通するものを見つけていく。実はその共通点を見つけるという事が、「日本」の姿を発見するきっかけになるのではと思っています。

今回の私の相手役、松井宗豊氏は、家元の下で修業をされ、これからの茶道の世界を牽引していかれる方です。常に凛とされていて、またお話しも含蓄があり非常に面白いと思います。青年会議所卒業間近にこのような方と御縁頂戴し、本当にありがたいと思います。

「能」のファン、「茶道」のファンを作りたいのは勿論ですが、今回の目的は、様々な文化を紹介、理解することで、「日本」のファンを増やしていきたい、そう考えています。そしてそれが、私を育てていただきお世話になった「青年会議所」への御恩返しです。

今年度計4回企画する予定です。是非皆様お立ち寄りください。「能」や「茶道」や「着物」や「落語」や、色々な文化を通じて、「日本」を知ってください。

「和のい・ろ・は」
日時:5月26日(金)19:00~20:30
於:高津神社 高津の富亭
料金:1,500円(抹茶・和菓子付)
主催:和のいろは実行委員会

※定員30名です。チケットはございません。事前にお申込下さい
※終了後、講師を交えて近隣店にて懇親会を行います。お時間ございましたら是非お残り下さい。(懇親会会費は別途頂戴します)

呼子こども能教室の卒業生

長らく投稿せず大変失礼いたしました。

3月5日(日)、佐賀県唐津市呼子、呼子公民館にて、日頃私が指導させていただいております「呼子こども能教室発表会」が行われました。当日は天気もよく、寒さも随分とやさしくなり、呼子の皆様見守る中、こどもたちは各々舞台を勤めました。稽古充分と自分の中で納得して舞台に立った子もいれば、不安で不安で緊張して挑んだ子も。

指導者として私は、上手な舞台を望んでいるわけではありません(勿論そうなればいいのですが)。こどもたちが自分で線引きをし、「ここまではできないと駄目だ」「今日の稽古ではここまでできるようにしよう」と、自分で範囲を決めてその通りにやり遂げられるか、そういう気持ちを育てる事が大切であるような気が致します。

私も修行中師匠から教えていただいた事です。「舞台の掃除を完璧にしろとは言っていない。今日はこの部分をきれいにしようとか、何センチ以上のホコリは出さないようにしようとか、自分で範囲を決めなさい。そしてその通りに出来るかどうか。つまりこの自分との戦いが修行なんだ」と。

さて今回で9回目、つまり9年目を迎えたこの教室もついに卒業生を送り出すことになりました。

普通は中学生になると、部活や勉強等で自然と教室から抜けてしまうことが多いのですが、このたび高校3年生まで、つまり最後まで稽古をやり遂げた2人が、この度教室を後にしました。

1人は牧山祐介君。彼はなんとこの教室が始まった1期からの参加。小学4年だった彼は少しやんちゃな印象を受けましたが、お稽古を続ける内に舞台だけでなく、中身も変わっていったようです。そしてある時、彼から電話がかかってきて、

「呼子のおじいちゃんおばあちゃん達が喜ぶ事をしたい」

と、老人会で仕舞を披露したいと申し出がありました。そしてその模様が新聞に取り上げられ、地元の大人の皆さんが見守るなか、無事に舞台を勤めました。

大阪にも舞台を見に来て一番前でずっと正座でいることも。楽屋から「君の子か?」と話題にもなりました。中学生になって少し稽古から遠ざかった事もありましたが、私が何も言わなくとも必ず稽古には戻ってきました。9年稽古を続けた彼は就職が決まり、社会人に。今度は大人としていつかお稽古に戻ってきてくれると嬉しいです。

もう1人は中島薫ちゃん。彼女は2期からの稽古に参加しています。彼女が入ってきた時の子供教室が一番生徒が多く、あまり手が回らなかったのですが、第一印象は、感情が表に出ないというか、大人しいというイメージ。しかし結局その多かったメンバーの中で彼女だけが残ることになりました。

お稽古がすめばすっと帰っていく。「楽しんでくれてるのだろうか?」とこちらが不安になることもありましたが、ある時彼女が、生徒会に参加したりと実は学校生活を本当に積極的に参加していると聞き、驚いたことがあります。それが能の教室を通じて積極的になったのかどうかは分かりませんが、少しでもその明るい前向きな気持ちの形成に役立てたのであれば私も嬉しく思います。

最後の舞台に少し難しい「巴」という曲に挑戦させました。長刀さばきをしないといけないのですが、学校が忙しく中々稽古に来られなかった彼女は3日間の稽古で見事当日は完璧にこなしました。集中力があるようで、今しないといけない事があればそれを優先してそれに真剣になることができるように感じました。

彼女はこれから、東京の大学に通うことになります。お稽古の合間に一度だけ、将来の夢について彼女が話していたことがありました。その夢を実現できるように頑張ってほしいと思います。また、私たち大人がもう少し周りにいてサポートしてあげたらと思います。

社会人といえども、大学生といえども、まだ一人前ではありません。まだまだ学ぶことが沢山あります。この2人は、お稽古の時は私が口で教えなかった事も自然と身に付けていました。私の仕草やふとしたものを自然に自分の中に取り込んでいったのでしょう。この気持ち、つまり「教わろう」という気持ちがあれば、絶対に大丈夫!

2人の将来が本当に楽しみです。

祐介君、就職おめでとうございます。

薫ちゃん、入学おめでとうございます。

若手能、ありがとうございました!

先日1月21日、大槻能楽堂にて若手能大阪公演、つつがなく会を終えることができました。

随分寒い一日でしたが、御越しくださいました皆様、ありがとうございました。

40歳までを「若手」とし、そのメンバーで構成され(もちろん、先輩方にも助演をお願いしております)、運営も全て若手が担当させていただいております。

思えば1年前から動きは始まりました。若手能委員会が結成され、私もその一員として活動いたしました。委員長・善竹隆平氏を中心とし、チラシの作成・広報・出演者依頼や様々な連絡、そして今回は私たちだけで稽古会も実施、なるべくお客様の視点に立って会当日の運営も行いました。もちろん多々至らない点もございましたが、本当に良い経験をさせていただきました。

せっかく若手に任せていただいてますので、若手ならではのことをしたいと皆が考えました。これまで歴代続きましたこの若手能は、その代その代の若手達が色んな趣向を凝らしながら勤めてまいりました。

今回は、様々な若手能ならではの活動の中で、特に皆様のお手元にお届けする「番組」に注目しました。

能のプログラムの事を「番組」といいます。能の一曲二曲は、「一番二番」と呼ばれ、その一番一番の組み合わせですので「番組」と呼ばれます。

能の番組は、昔よりも形式にこだわらず随分見やすいものになりました。それでも更に皆様に親しみやすいものにするために、私たちが考えたことは「能を知らない方に能の番組を作っていただく」事でした。

主に家族の写真を撮られて精力的に活動されてるカメラマンの福井小百合さん、そしてまた大阪で独立し活躍されてるデザイナー大矢礼子さんにご相談し、今回のパンフレットができあがりました。(皆様見ていただけましたでしょうか?)

お二人とも本当に手探りながら協力して下さり、実際に能の会の催しの楽屋も見学されました。お二人にとっては大変な作業だったと思います。

このように、私たち能楽師だけでなく、その周りの方々のお力をお借りして会はようやく成り立ちます。それは私が《道成寺》を勤めた時にも感じたことでした。

「たくさんの人がいて、今の能楽師としての私がいる」若手能で勉強した、とても大切なことです。

写真は、会を終えた後、右から若手能委員長の善竹隆平氏、福井小百合氏(実は高校の同級生!)、大矢礼子氏、そして《鵜飼》主役を勤めた直後の私です。偶然にもこの4人、同世代です。

本当に皆様、ありがとうございました。

能×現代演劇「心は清経」

現代演劇と、能を組み合わせて一つの舞台を作る「能×現代演劇 心は清経」が、来る2月5日(日)、6日(月)連続公演が行われます。このシリーズは今回2作目。前回好評につき、第2弾の上演です。

(※ちなみに5日は私の40歳の誕生日です!)

前回は能《安達原》をテーマに、半分が現代演劇、半分が能というイメージで作成しましたが、今回は能の中でも名曲、《清経》を取り上げます。

清経は平家の武将で、源氏に追い込まれ西の方へ逃亡していく最中、絶望に打ちひしがれ船から投身自殺をしてしまいます。「平家にあらずんば人にあらず」栄華を極めた平家がやがて追い込まれ、ついには松に留まった白鷺の群れを見ただけで「源氏の旗」と勘違いし、泣き叫び逃げ惑う。気持ちがどんどん闇の中に入っていく。そんな中での自殺だったのです。

さて能の《清経》は、そのあとから始まります。家で夫の帰りを待つ妻の元に、清経の家来の粟津三郎が訪ねます。「面目もなき使い」に来たという三郎は、清経の妻に清経の遺品である黒髪を形見に預かったと渡します。

夫の死に驚く妻。「恨めしやせめては討たれ もしは又 病の床の露とも消えなば 力なしとも思うべきに」戦死や病死なら仕方ないが、まさか自殺とは……。夫の死を受け入れられない妻は、形見を受け取らないといい、突き返して涙にくれます。枕を濡らしながら眠ってしまった妻の夢の中に、なんと清経の霊が現れ……。

死を選ばざるを得なかった男の言い分、独りこの世に残された女の言い分……。今回はその二つの言い分を、二人の劇作家が作り出します。

この能を現代に置き換える挑戦です。前回も一緒に舞台を作ってくださった林慎一郎さん、そして今回は出演もされる岡部尚子さん。1月半ばから打合せや稽古を行っていきます。

現代演劇の「清経」に、能の《清経》の所作や謡や笛がどのように溶け込んでいくのか。笛は同期でいつも共に舞台と勤めている斉藤敦氏に依頼しました。

能は今回は演劇の補助的な役割になりそうですが、稽古していくなかで、たくさんアイデアが出れば、遠慮なくぶつけていきたいと考えています。

何が楽しいかと言いますと、能は現代にも置き換えることが出来るんだという発見です。

写真は劇作家、林氏と。同い年です。皆様、是非お越しください。

能×現代演劇work#002「心は清経」
日時:2月5日(日)13:00~、2月6日(月)19:00~
会場:山本能楽堂(地下鉄谷町四丁目駅4番出口徒歩4分)
入場料:一般前売券2,500円 一般当日券3,000円

チケット申し込みフォームよりお申し込みください。

若手能のススメ

一般的な能の催しのチラシは、大体舞台で演じている写真を使うのが主流になっているのですが、いかがですか、今回の若手能のチラシの表紙。

「若手能」とは、40歳までの大阪の若手能楽師が中心になり、舞台研究は勿論、会の運営にいたるまで主体となり、すすめていく催しです。私もその采配に携わる「若手能委員会」の一員です。

今回は私の発案で、今まで作ったことのないようなチラシを作ってみようと思い、日頃仲良くお付合いさせていただいておりますデザイナーの大矢礼子さんに相談し、また高校の同級生で今はカメラマンとして活躍されてる福井小百合さんに撮影をお願いして今回のデザインに至りました。

いろんな側面から能の会を観ていくことが必要であり、今回のチラシはいい投石になった気がしています。「このようなチラシでなければ」という範囲を少し広げられたように感じています。

さて今回の若手能で私が能《鵜飼》の主役を勤めさせていただきます。能《鵜飼》を少しでも面白く鑑賞いただく為に、流れをお話しさせていただきます。

(1)僧たち(ワキ・ワキツレ)登場

諸国行脚の旅に出ている僧侶の一行が、甲斐の国(山梨県)石和川のほとりに到着する。

(2)宿を借りようとするが断られる

僧は日が暮れたので、その土地の者(アイ)に声を掛けるが、宿を貸せないと断られる。どうやらこの土地には、よそ者に宿を貸してはならないという決まりがあるようだ。しかしその男曰く、川岸にお堂があるので、そこでなら泊まれるだろうと。僧たちは仏法の力を頼りに泊まろうとお堂に向かう。

(3)老人(シテ)が登場

闇の夜、月も雲に隠れ、黒の世界。(真っ暗な闇の夜を想像してください!)その中を、松明(たいまつ)を片手に一人の老人が現れる。

鵜舟に灯すかがり火の 後の闇路を 如何にせん

昔、殺生をして自分の生業としている者は罪深い、卑しい事だとされていました。この曲は背景にこの罪を背負っていかなければならない人間像が描かれています。

この老人は鵜を使い、魚を獲って生活をしている。この罪深い我が身を嘆いている。しかし、

鵜使う事の面白さに 殺生をするはかなさよ

この生業が面白くてやめられない。後の世の闇のような報いが恐ろしい。高貴な雲の上の人達は月の出ない夜を嫌がるが、私は月ない夜が喜ばしい。

(4)老人と僧が言葉を交わす

老人は暗い道を松明を振り歩いていくと、僧に出会い、話しかける。僧は誰も宿を貸してくれなかった事を語ると、老人は、「この辺りではだれも貸さないだろう」と言い、自分は鵜使いだと明かす。僧は老人に、殺生などお止めなさいとすすめるが、老人は、

若年よりこの業にて身命を助かり候程に 今更止っつべうもなく候

と、昔からの職業を今更止められないと言う。

(5)僧の一人(ワキツレ)が、ふとある事を思い出す

その時一人の僧が口を開く。

「思い出しました。数年前この川下の岩落という所を通った時、このような鵜使いに出会いましたので、殺生が罪であると説教しましたら、彼は罪滅ぼしの為に一晩の宿を貸してくれました」

と話すと、それを聞いた老人がこう言う。

その鵜使いこそ空しくなりて候へ

その鵜使いは、もうこの世にはいないと。

(6)老人がその鵜使いについて物語る

老人はゆっくりと座り、(※松明を消す所作あります。)おもむろに物語る。

―――この辺りは殺生禁断の所です。しかし川下の岩落には鵜使いが多く、毎晩忍び込んでは密漁を繰り返していました。それを憎んだ土地の者たちがある夜見張っていました。そこへ、かの鵜使いが忍び込んでしまいました。狙ってた人々はばっと寄り捕まえ、彼を殺せとわめきました。鵜使いは、殺生禁断の所とは知らなかった、今回だけは助けてくれと手を合わせ泣いて懇願しましたが、助ける人もなく、簀巻きにされ川に沈められました。

と、ここまで話してから、驚く事を老人は言う。

その鵜使いの亡者にて候

なんと、この老人こそ、簀巻きにされ沈められた鵜使いの霊なのであった。

(7)鵜使いの有様を再現する

その告白に驚いた僧は、亡者を弔う代わりに、その鵜を使って業をする様子を語って聞かせてくれるよう頼む。老人は、懺悔として鵜を使う様子を見せる(※鵜之段と呼ばれる名シーンです)。

籠から鵜を取り出しで川波にばっと放す。かがり火に驚く魚を追い回し、すくい上げる楽しさ。自分が犯している罪も忘れてしまうくらい。しかし、ふと我にかえる。かがり火が燃えていても自分の影が見えない。そうだ、自分は死んだのだ。老人はまた闇夜にまた帰っていくのであった。

(8)土地の者と僧の会話

そこへ先程の土地の者が現れ、僧の質問に答えて、数年前の鵜使いが川に沈められた事件を話す。僧は、亡者の為に弔いをしようと決める。

(9)亡者を弔っていると、冥途の鬼が現れる

僧たちは川原の石を拾い上げ、一つ一つに法華経の文字を書き入れ、波間に沈めて手向けていると、冥土の鬼が現れる。そして、かの亡者は無間の地獄に落ちるはずであったが、僧を一晩泊めた功徳によって浄土の世界に送られる事となった、と報告をする。

法華は利益深き故 魔道に沈む群類を救はん為に来たりたり

法華経の功徳が全てを救う。草木、罪人に至るまで慈悲の心を起こして僧を供養することで、救われるのだと説く。

この曲は前半が非常に難しいと思います。闇の世界、それに対応するかのような罪の世界。そこに月が照らす。月は救いの光。しかし老人はその月夜を嫌う。生まれながらに持った業を背負わないといけない苦しみ。

闇夜を謡で表現しないといけません。人間の暗い部分と言いますか、哀しい面をどのように表現できるか。その暗闇の中に、ぱっと空気が変わるのが「鵜之段」。自分の罪も忘れて鵜使いに没頭していきます。
 

「若手能」
日時:2017年1月21日(土)13時開演
 ※「鵜飼」は15時過ぎの予定です。終了予定16時30分頃
於:大槻能楽堂(大阪市中央区上町)最寄駅「谷町四丁目」駅(10)(11)出口
入場券:前売券2,800円 当日券3,100円 学生券1,500円(+500円で指定席)

   
是非お越しください。「大の会」チケット申し込みフォームよりお申し込みください。

盗みも命のありてこそ

鬼の様ないかつい能面、「長霊べし見」。「べしむ」とは、口を閉じ歯を食いしばる事。長霊という能面作者が作ったのでこの名前がついています。あの上杉謙信が戦場に出る時にはこの能面を使用したとか。目に金をはめ口を閉じる事で強い表情を表します。この男こそ、伝説上の人物と言われる、大盗賊集団の頭領、熊坂長範(くまさかちょうはん)。

しかし、どことなくユーモラスと言いますか、何かに対して目をひんむいて驚いているような顔です。何に対して驚いているのか?
能《熊坂》は、大盗賊熊坂が、霊となって現れ後世の弔いを願う様子を描いた、観ていて飽きない曲です。その曲の流れを少しお話しします。

①僧と、僧
旅をしている僧(ワキ)が、美濃国を通る。夕暮れ時、辺りが薄暗くなっていく頃、一人の僧(シテ)が声を掛ける。同じ格好をした者が二人・・・能の中でも非常に珍しいシーン。どことなく異様な空気が漂う。
その僧は、旅僧に対し、

シテ「今日はさる者の命日にて候弔ひて賜り候へ」

名前は明かさないが、ある者の命日だから弔って欲しいと言う。旅僧は勿論の事と引き受けるが、誰を弔うのかと尋ねる。しかし僧は、名を明かさない。

地「回向は草木国土まで洩らさじなれば別きてその 主にと心あてなくとも さてこそ回向なれ」

仏法は草木国土に至るまで分け隔てなく救いを与えるのであるから、その主を思わなくても、回向を受けて喜ぶ者がいたならば、それこそが主である、お経をあげてほしいと重ねて頼む。

②旅の僧を自分の庵に案内する その庵の中には・・・
その怪しい僧は、自分の庵に案内する。そこで不思議な光景を目にします。僧の庵なのに、仏像は一つもなく、その代わり長刀など武器が壁一面にひっしと並んでいます。(もちろん舞台には、庵の作り物どころか、その武器すら登場しません。皆様の頭の中で庵の中の雰囲気を感じてください。)
すると、僧は語りだします。

「この僧は未だ初発心の者にて候が ご覧候如くこの辺りは 垂井青墓赤坂とて その里々は多けれども 間々の道すがら 青野が原の草高く 青墓子安の森茂れば 昼とも言わず雨の中には 山賊夜盗の盗人等 高荷を落とし里通いの 下女やハシタの者までも
うち剥ぎ取られ泣き叫ぶ さやうの時はこの僧も 例の長刀ひっさげつつ 此処をば愚僧に任せよと 呼ばわりかくればげには又・・・」

自分がまだ出家したばかりである事、この辺りは山賊などが多く出るので、人が襲われ悲鳴が聞こえたら自分も武器を持って駆けつけるのだという事・・・。
そして、「仏も煩悩を切り捨てる阿弥陀如来の称名を利剣に例え、愛染明王は弓に矢をつがえるように、仏も時には武器を持って悪魔を降伏させる。私も僧でありながら武器で盗賊に立ち向かう事は人を助けるための方便である」と物語ります。※これはシテではなく、地謡が代弁。シテは舞台中央に座ったままです。

③シテ僧が姿を消すと・・・
やがて時も過ぎ、夜も深まっていく。僧は旅僧に向かい、ここで泊まりなさい。私も寝所で休みますと姿を消す。するとどうしたことか、さっきまであったはずの庵室もすっと消えて、旅僧はなんと草むらで一晩を明かしていたのであった。

④所の者が登場
そこへ、この地に住む者(間狂言)が通りかかる。旅僧は此の者に、昔この場所で悪事を働いたような人がいたか尋ねる。男は熊坂長範の事を話す。盗賊の大集団の大将だったが、都の商人三条吉次一行を襲撃した際、その中にいた牛若丸によって返り討ちに遭い命を落としたと。
先程の僧は熊坂の霊に違いないと確信した旅僧は、この地で弔いを始める。

⑤熊坂長範の霊が現れる

「東南に風立って西北に雲静かならず 夕闇の夜風激しき山陰に こずえ木の間や騒ぐらん」

夜風が激しく吹き、木々がざわざわと揺れる―――※ここでも視覚的な助けは何もありません。謡だけでこの夜の空気を感じてください。
鎧を身にまとい、長刀を持った熊坂の霊が僧の前に現れる。
熊坂は自分を弔ってくれる僧に対し、最期の有様を物語る。

⑥最期の有様を物語る
熊坂は床几に腰かけ(馬上で手下に指揮をとる態を表現)、物語る。

「さても三条吉次信高とて 黄金を商ふ商人あって 毎年数駄の宝を集めて 高荷を作って奥へ下る
あっぱれこれを取らばやと 与力の人数は誰々ぞ」

国々から集まった屈強の強者達。河内の覚紹、磨針太郎兄弟、三条の衛門、壬生の小猿、麻生の松若、三国の九郎・・・70人程の手練れが集まっている。※舞台には熊坂しか登場しません!
吉次一行が通る道を見張っており、彼らが赤坂の宿に泊まる事を知る。

商人吉次一行は、宴会に疲れてか、夜更け静かに眠っている。しかし、その中に眼光鋭い小男が、外で物音がするのを障子の隙間からじっと窺っている。

盗賊達は、その小男にも気付かず、皆我先にと松明を投げ込み投げ込み物凄い勢いで乱れ入る。
そこに先程の小男、そう、牛若丸が少しも恐れる気色なく、小太刀を抜いて渡り合う。

「獅子奮迅虎乱入 飛鳥の翔りの手を砕き 攻め戦えばこらえず 表に進む十三人 同じ枕に切り伏せられ
そのほか手負い太刀を捨て 具足を奪われ這ふ這ふ逃げて 命ばかりを逃るもあり」

熊坂はこの騒動に驚き、奴はいかさま鬼神か、人間にてはよもあらじと身を震わせる。盗みも、命あっての物種、退却しようと一度は考えるが、いや俺の秘術を使えばどのような者でもかなうまいと、討たれた同志の為にもと引き返す。
しかし牛若の強さ、身軽さは尋常ではない。熊坂の長刀を右や左とかわし、挙句は刃の上に飛び乗り、一瞬姿を失ったかと思えば鎧の隙間に斬り込まれる。

長刀ではこいつにはかなわない、熊坂は長刀を投げ捨て、手捕りにしようと組みかかる。しかし陽炎や稲光をとらえられないように、水に映る月の様に、姿を捕まえる事ができず、次第次第に弱り、負った傷も深まり、この松の下で力尽き命を落とす・・・。

「この松が根の 苔の露霜と 消えし昔の物語 末の世たすけ賜びたまえ」

どうか後世を助けて下さい。弔って下さいと言い、夜がしらしらと明けるにつれ熊坂の霊は赤坂の松蔭に消えていった。

……庵は登場しない、消え行く庵室のシーンで場面展開もない。朧月夜の風が吹きすさぶ夜は謡のみで表現し、70人もの盗賊集団も熊坂一人だけ。そして、大胆なことに、もう一人の主役、牛若丸なんてどこにも現れない。能らしい、余分を大幅に削る事で表現している曲です。お客様には不親切ですが、その分皆様の頭の中で、どのような庵なのか、どんな夜なのか、想像してください。

この曲の醍醐味は、長刀さばきです。曲のクライマックスでは、熊坂が長刀を奮い、所せましと動き回ります。
お客様はその熊坂の動きの向こうに、俊敏に飛び回る牛若丸を描いてください。

「討たれた時の熊坂の年齢は63歳だった。この曲を若い人が演じるのは非常に難しいんだよ」とある先輩が仰ったことがあります。
実は私はこの曲をもっと早くに勤める予定でしたが、事情あって演じないままでいました。63歳だからといって老いぼれて演じていては、牛若丸が見えてこない。かと言って軽い動きでは盗賊の頭領たる貫禄が出ない。

そしてまた、やはりみんなのヒーロー、牛若丸を登場させずにスポットを当てた点にも注目しなければなりません。
熊坂長範は、弱い者は襲わず、金持ちや身分の高い者しか盗みをしなかったとも言われています。その彼にヒーロー性を感じる方もいらっしゃるかもしれません。盗みという悪に立ち向かう牛若丸に期待を膨らませて鑑賞されるのも面白いと思います。皆様は、熊坂派、牛若派、どちらでしょうか……?

《道成寺》を終えた後、初めてのシテです。皆様是非お越しください。お申し込みは「大の会」チケット申し込みフォームよりお願いします。

「たにまち能」
日時:2017年1月7日(土)13時開演 ※「熊坂」は15時頃の予定です。
終了予定16時30分頃
於:山本能楽堂(大阪市中央区谷町)最寄り駅地下鉄 谷町4丁目駅④出口徒歩5分
入場券:一般券5,500円
内容:能《東北》今村一夫 狂言《附子》善竹隆司 能《熊坂》林本大 他仕舞

「道成寺」ありがとうございました。

7年前の独立披露の会の日は雨。歴史ある大阪薪能で主役を頂戴したときは小雨。地元の大正区で催しを始めて開催した時も雨。

節目の舞台ことごとく雨だった私が、10月30日「道成寺」の日、朝6時半カーテンを開けると明るい空。ようやくお天道様も認めて下さったようです。

満席で立ち見も出るほど多くの皆様にお越しくださいました「山本眞義17回忌追善能」にて、大曲「道成寺」つとめさせていただきました。沢山の方々にご声援いただき、そのお声を糧にエネルギーにして、勿論まだまだ未熟ではございますが怪我なく終えることができました。この場をお借りしまして御礼申し上げます。

振り返りますと一年前からずっと「道成寺」の事ばかり考えていました。

故山本眞義師が、17回忌という節目にこの機会を与えていただいた事が始まりです。

観世二十六世宗家にお許しをいただき、本番は勿論2回の申合せ(リハーサルの意味)にも東京からわざわざお越しくださいました事。そして山本章弘師に会の運営などご指導下さり、お稽古していただきました事。師匠奥様始め山本能楽堂の事務所の皆様にも手伝っていただきました事。

ご祈祷そして温かいお言葉をいただきました道成寺ご住職。チラシやパンフレットの原稿を一生懸命作ってくれた親友。ラジオに出演させてくださった桂春蝶さん。沢山の方に案内を広めて下さった社中の皆様。何も言わずお参りに行ってくれた後輩。電話やメールでいつも励ましてくれた友人たち。忙しいだろうからといつものお酒の誘いを何も言わずに減らして下さった先輩。風呂敷を手作りでプレゼントしてくれた後輩。稽古で見落としがちな部分を楽屋でこっそり丁寧に教えて下さった大先輩。当日舞台に出っ放しで疲れているのにずっと私の装束付けに傍にいてくれた同期。海外からも嬉しいメッセージをくれた後輩。鐘を丁寧に作って下さった先輩たち。会終了後の懇親会を私の目の届かない所を指揮して下さった大先輩。

そして私の道成寺を自分の事のように喜んでくれた家族。「道成寺」を楽しんで、または心配して、興奮して、涙流してご覧下さいましたお客様おひとりおひとり。

舞台は決して一人でできるものではない。目に見えるところは勿論、気が付かない内に自分の体重をこっそり支えて下さってる方がいる。

「道成寺」を終えた直後、私が思った事は「この経験を、この嬉しさを、このしんどさを、この興奮を、この技術を、この感動を、次にこの大曲を演じる後輩にどうやって伝えよう」

今度は私が後輩の体を支える番なのです。

会数日前、私の事をいつも気にかけてくださる東京の重鎮であり、先日人間国宝になられました野村四郎先生より、お祝いの色紙を頂戴しました。

「是非初心不可忘」

これまでの稽古の積み重ね、経験の積み重ねがこれからの能楽師人生の糧になることは間違いありません。しかしこれからが能楽師「林本大」の本当の始まり。いつまでも若手のつもりで先輩にぶら下がるような事は卒業せねばなりません。年相応の芸を身に付ける事は本当に大変な事だと思います。常に自分の体の中を入れ替えていく事を忘れないで、前に前に向かっていきたい、そんな役者になれるよう精一杯勤めてまいります。

本当に皆様ありがとうございました。深く御礼申し上げます。

写真は、四郎先生から頂戴した色紙、大学の後輩が作ってくれた風呂敷、そして鐘の中に入れた道成寺のお守り。