和のい・ろ・は

平成20年に内弟子を独立してすぐに、「大阪青年会議所」に入会しました。25~40歳までの、大阪または日本をよりよい街にするために活動している団体です。

能の世界しか知らない私はこの集まりで、名刺の渡し方や議案書の作り方など、社会人としての最低限度の事を沢山教わりました。我々では当たり前だと思っていることが一般では違う。そして青年会議所のメンバーは経営者が多いのですが、会社では一国一城の主が、駐車場の場内整理をしたりイベントの受付をしたり。同世代のいろんなメンバーと共に過ごして9年。これからの人生のとてもおおきな糧になりました。

今年の12月で青年会議所を卒業します。最後の1年に何か残したいと思い、「和のい・ろ・は」を結成。微力な私にできることは、日本の文化を皆さんに紹介できること。幸いにも、現在青年会議所には、茶道や和菓子、着物や日本美術など、日本文化に携わっているメンバーが多数在籍しています。その皆さんに声を掛け、私の想いに賛同していただいた方々で、この国が長年大事にしてきたものを伝えていく作業をさせていただく事になりました。

第1回は私の「能楽」と、松井宗豊氏の「茶道」の紹介。各々が勝手に自分の領域を説明するのではなく、対談形式でお互いの文化を「尋ね合い」していきます。つまり、私がお客様の立場に立って、茶道の事を色々尋ねていき、また松井氏が能について色々質問をしていく。その中で「能」と「茶道」に共通するものを見つけていく。実はその共通点を見つけるという事が、「日本」の姿を発見するきっかけになるのではと思っています。

今回の私の相手役、松井宗豊氏は、家元の下で修業をされ、これからの茶道の世界を牽引していかれる方です。常に凛とされていて、またお話しも含蓄があり非常に面白いと思います。青年会議所卒業間近にこのような方と御縁頂戴し、本当にありがたいと思います。

「能」のファン、「茶道」のファンを作りたいのは勿論ですが、今回の目的は、様々な文化を紹介、理解することで、「日本」のファンを増やしていきたい、そう考えています。そしてそれが、私を育てていただきお世話になった「青年会議所」への御恩返しです。

今年度計4回企画する予定です。是非皆様お立ち寄りください。「能」や「茶道」や「着物」や「落語」や、色々な文化を通じて、「日本」を知ってください。

「和のい・ろ・は」
日時:5月26日(金)19:00~20:30
於:高津神社 高津の富亭
料金:1,500円(抹茶・和菓子付)
主催:和のいろは実行委員会

※定員30名です。チケットはございません。事前にお申込下さい
※終了後、講師を交えて近隣店にて懇親会を行います。お時間ございましたら是非お残り下さい。(懇親会会費は別途頂戴します)

呼子こども能教室の卒業生

長らく投稿せず大変失礼いたしました。

3月5日(日)、佐賀県唐津市呼子、呼子公民館にて、日頃私が指導させていただいております「呼子こども能教室発表会」が行われました。当日は天気もよく、寒さも随分とやさしくなり、呼子の皆様見守る中、こどもたちは各々舞台を勤めました。稽古充分と自分の中で納得して舞台に立った子もいれば、不安で不安で緊張して挑んだ子も。

指導者として私は、上手な舞台を望んでいるわけではありません(勿論そうなればいいのですが)。こどもたちが自分で線引きをし、「ここまではできないと駄目だ」「今日の稽古ではここまでできるようにしよう」と、自分で範囲を決めてその通りにやり遂げられるか、そういう気持ちを育てる事が大切であるような気が致します。

私も修行中師匠から教えていただいた事です。「舞台の掃除を完璧にしろとは言っていない。今日はこの部分をきれいにしようとか、何センチ以上のホコリは出さないようにしようとか、自分で範囲を決めなさい。そしてその通りに出来るかどうか。つまりこの自分との戦いが修行なんだ」と。

さて今回で9回目、つまり9年目を迎えたこの教室もついに卒業生を送り出すことになりました。

普通は中学生になると、部活や勉強等で自然と教室から抜けてしまうことが多いのですが、このたび高校3年生まで、つまり最後まで稽古をやり遂げた2人が、この度教室を後にしました。

1人は牧山祐介君。彼はなんとこの教室が始まった1期からの参加。小学4年だった彼は少しやんちゃな印象を受けましたが、お稽古を続ける内に舞台だけでなく、中身も変わっていったようです。そしてある時、彼から電話がかかってきて、

「呼子のおじいちゃんおばあちゃん達が喜ぶ事をしたい」

と、老人会で仕舞を披露したいと申し出がありました。そしてその模様が新聞に取り上げられ、地元の大人の皆さんが見守るなか、無事に舞台を勤めました。

大阪にも舞台を見に来て一番前でずっと正座でいることも。楽屋から「君の子か?」と話題にもなりました。中学生になって少し稽古から遠ざかった事もありましたが、私が何も言わなくとも必ず稽古には戻ってきました。9年稽古を続けた彼は就職が決まり、社会人に。今度は大人としていつかお稽古に戻ってきてくれると嬉しいです。

もう1人は中島薫ちゃん。彼女は2期からの稽古に参加しています。彼女が入ってきた時の子供教室が一番生徒が多く、あまり手が回らなかったのですが、第一印象は、感情が表に出ないというか、大人しいというイメージ。しかし結局その多かったメンバーの中で彼女だけが残ることになりました。

お稽古がすめばすっと帰っていく。「楽しんでくれてるのだろうか?」とこちらが不安になることもありましたが、ある時彼女が、生徒会に参加したりと実は学校生活を本当に積極的に参加していると聞き、驚いたことがあります。それが能の教室を通じて積極的になったのかどうかは分かりませんが、少しでもその明るい前向きな気持ちの形成に役立てたのであれば私も嬉しく思います。

最後の舞台に少し難しい「巴」という曲に挑戦させました。長刀さばきをしないといけないのですが、学校が忙しく中々稽古に来られなかった彼女は3日間の稽古で見事当日は完璧にこなしました。集中力があるようで、今しないといけない事があればそれを優先してそれに真剣になることができるように感じました。

彼女はこれから、東京の大学に通うことになります。お稽古の合間に一度だけ、将来の夢について彼女が話していたことがありました。その夢を実現できるように頑張ってほしいと思います。また、私たち大人がもう少し周りにいてサポートしてあげたらと思います。

社会人といえども、大学生といえども、まだ一人前ではありません。まだまだ学ぶことが沢山あります。この2人は、お稽古の時は私が口で教えなかった事も自然と身に付けていました。私の仕草やふとしたものを自然に自分の中に取り込んでいったのでしょう。この気持ち、つまり「教わろう」という気持ちがあれば、絶対に大丈夫!

2人の将来が本当に楽しみです。

祐介君、就職おめでとうございます。

薫ちゃん、入学おめでとうございます。

能×現代演劇「心は清経」

現代演劇と、能を組み合わせて一つの舞台を作る「能×現代演劇 心は清経」が、来る2月5日(日)、6日(月)連続公演が行われます。このシリーズは今回2作目。前回好評につき、第2弾の上演です。

(※ちなみに5日は私の40歳の誕生日です!)

前回は能《安達原》をテーマに、半分が現代演劇、半分が能というイメージで作成しましたが、今回は能の中でも名曲、《清経》を取り上げます。

清経は平家の武将で、源氏に追い込まれ西の方へ逃亡していく最中、絶望に打ちひしがれ船から投身自殺をしてしまいます。「平家にあらずんば人にあらず」栄華を極めた平家がやがて追い込まれ、ついには松に留まった白鷺の群れを見ただけで「源氏の旗」と勘違いし、泣き叫び逃げ惑う。気持ちがどんどん闇の中に入っていく。そんな中での自殺だったのです。

さて能の《清経》は、そのあとから始まります。家で夫の帰りを待つ妻の元に、清経の家来の粟津三郎が訪ねます。「面目もなき使い」に来たという三郎は、清経の妻に清経の遺品である黒髪を形見に預かったと渡します。

夫の死に驚く妻。「恨めしやせめては討たれ もしは又 病の床の露とも消えなば 力なしとも思うべきに」戦死や病死なら仕方ないが、まさか自殺とは……。夫の死を受け入れられない妻は、形見を受け取らないといい、突き返して涙にくれます。枕を濡らしながら眠ってしまった妻の夢の中に、なんと清経の霊が現れ……。

死を選ばざるを得なかった男の言い分、独りこの世に残された女の言い分……。今回はその二つの言い分を、二人の劇作家が作り出します。

この能を現代に置き換える挑戦です。前回も一緒に舞台を作ってくださった林慎一郎さん、そして今回は出演もされる岡部尚子さん。1月半ばから打合せや稽古を行っていきます。

現代演劇の「清経」に、能の《清経》の所作や謡や笛がどのように溶け込んでいくのか。笛は同期でいつも共に舞台と勤めている斉藤敦氏に依頼しました。

能は今回は演劇の補助的な役割になりそうですが、稽古していくなかで、たくさんアイデアが出れば、遠慮なくぶつけていきたいと考えています。

何が楽しいかと言いますと、能は現代にも置き換えることが出来るんだという発見です。

写真は劇作家、林氏と。同い年です。皆様、是非お越しください。

能×現代演劇work#002「心は清経」
日時:2月5日(日)13:00~、2月6日(月)19:00~
会場:山本能楽堂(地下鉄谷町四丁目駅4番出口徒歩4分)
入場料:一般前売券2,500円 一般当日券3,000円

チケット申し込みフォームよりお申し込みください。

若手能のススメ

一般的な能の催しのチラシは、大体舞台で演じている写真を使うのが主流になっているのですが、いかがですか、今回の若手能のチラシの表紙。

「若手能」とは、40歳までの大阪の若手能楽師が中心になり、舞台研究は勿論、会の運営にいたるまで主体となり、すすめていく催しです。私もその采配に携わる「若手能委員会」の一員です。

今回は私の発案で、今まで作ったことのないようなチラシを作ってみようと思い、日頃仲良くお付合いさせていただいておりますデザイナーの大矢礼子さんに相談し、また高校の同級生で今はカメラマンとして活躍されてる福井小百合さんに撮影をお願いして今回のデザインに至りました。

いろんな側面から能の会を観ていくことが必要であり、今回のチラシはいい投石になった気がしています。「このようなチラシでなければ」という範囲を少し広げられたように感じています。

さて今回の若手能で私が能《鵜飼》の主役を勤めさせていただきます。能《鵜飼》を少しでも面白く鑑賞いただく為に、流れをお話しさせていただきます。

(1)僧たち(ワキ・ワキツレ)登場

諸国行脚の旅に出ている僧侶の一行が、甲斐の国(山梨県)石和川のほとりに到着する。

(2)宿を借りようとするが断られる

僧は日が暮れたので、その土地の者(アイ)に声を掛けるが、宿を貸せないと断られる。どうやらこの土地には、よそ者に宿を貸してはならないという決まりがあるようだ。しかしその男曰く、川岸にお堂があるので、そこでなら泊まれるだろうと。僧たちは仏法の力を頼りに泊まろうとお堂に向かう。

(3)老人(シテ)が登場

闇の夜、月も雲に隠れ、黒の世界。(真っ暗な闇の夜を想像してください!)その中を、松明(たいまつ)を片手に一人の老人が現れる。

鵜舟に灯すかがり火の 後の闇路を 如何にせん

昔、殺生をして自分の生業としている者は罪深い、卑しい事だとされていました。この曲は背景にこの罪を背負っていかなければならない人間像が描かれています。

この老人は鵜を使い、魚を獲って生活をしている。この罪深い我が身を嘆いている。しかし、

鵜使う事の面白さに 殺生をするはかなさよ

この生業が面白くてやめられない。後の世の闇のような報いが恐ろしい。高貴な雲の上の人達は月の出ない夜を嫌がるが、私は月ない夜が喜ばしい。

(4)老人と僧が言葉を交わす

老人は暗い道を松明を振り歩いていくと、僧に出会い、話しかける。僧は誰も宿を貸してくれなかった事を語ると、老人は、「この辺りではだれも貸さないだろう」と言い、自分は鵜使いだと明かす。僧は老人に、殺生などお止めなさいとすすめるが、老人は、

若年よりこの業にて身命を助かり候程に 今更止っつべうもなく候

と、昔からの職業を今更止められないと言う。

(5)僧の一人(ワキツレ)が、ふとある事を思い出す

その時一人の僧が口を開く。

「思い出しました。数年前この川下の岩落という所を通った時、このような鵜使いに出会いましたので、殺生が罪であると説教しましたら、彼は罪滅ぼしの為に一晩の宿を貸してくれました」

と話すと、それを聞いた老人がこう言う。

その鵜使いこそ空しくなりて候へ

その鵜使いは、もうこの世にはいないと。

(6)老人がその鵜使いについて物語る

老人はゆっくりと座り、(※松明を消す所作あります。)おもむろに物語る。

―――この辺りは殺生禁断の所です。しかし川下の岩落には鵜使いが多く、毎晩忍び込んでは密漁を繰り返していました。それを憎んだ土地の者たちがある夜見張っていました。そこへ、かの鵜使いが忍び込んでしまいました。狙ってた人々はばっと寄り捕まえ、彼を殺せとわめきました。鵜使いは、殺生禁断の所とは知らなかった、今回だけは助けてくれと手を合わせ泣いて懇願しましたが、助ける人もなく、簀巻きにされ川に沈められました。

と、ここまで話してから、驚く事を老人は言う。

その鵜使いの亡者にて候

なんと、この老人こそ、簀巻きにされ沈められた鵜使いの霊なのであった。

(7)鵜使いの有様を再現する

その告白に驚いた僧は、亡者を弔う代わりに、その鵜を使って業をする様子を語って聞かせてくれるよう頼む。老人は、懺悔として鵜を使う様子を見せる(※鵜之段と呼ばれる名シーンです)。

籠から鵜を取り出しで川波にばっと放す。かがり火に驚く魚を追い回し、すくい上げる楽しさ。自分が犯している罪も忘れてしまうくらい。しかし、ふと我にかえる。かがり火が燃えていても自分の影が見えない。そうだ、自分は死んだのだ。老人はまた闇夜にまた帰っていくのであった。

(8)土地の者と僧の会話

そこへ先程の土地の者が現れ、僧の質問に答えて、数年前の鵜使いが川に沈められた事件を話す。僧は、亡者の為に弔いをしようと決める。

(9)亡者を弔っていると、冥途の鬼が現れる

僧たちは川原の石を拾い上げ、一つ一つに法華経の文字を書き入れ、波間に沈めて手向けていると、冥土の鬼が現れる。そして、かの亡者は無間の地獄に落ちるはずであったが、僧を一晩泊めた功徳によって浄土の世界に送られる事となった、と報告をする。

法華は利益深き故 魔道に沈む群類を救はん為に来たりたり

法華経の功徳が全てを救う。草木、罪人に至るまで慈悲の心を起こして僧を供養することで、救われるのだと説く。

この曲は前半が非常に難しいと思います。闇の世界、それに対応するかのような罪の世界。そこに月が照らす。月は救いの光。しかし老人はその月夜を嫌う。生まれながらに持った業を背負わないといけない苦しみ。

闇夜を謡で表現しないといけません。人間の暗い部分と言いますか、哀しい面をどのように表現できるか。その暗闇の中に、ぱっと空気が変わるのが「鵜之段」。自分の罪も忘れて鵜使いに没頭していきます。
 

「若手能」
日時:2017年1月21日(土)13時開演
 ※「鵜飼」は15時過ぎの予定です。終了予定16時30分頃
於:大槻能楽堂(大阪市中央区上町)最寄駅「谷町四丁目」駅(10)(11)出口
入場券:前売券2,800円 当日券3,100円 学生券1,500円(+500円で指定席)

   
是非お越しください。「大の会」チケット申し込みフォームよりお申し込みください。

盗みも命のありてこそ

鬼の様ないかつい能面、「長霊べし見」。「べしむ」とは、口を閉じ歯を食いしばる事。長霊という能面作者が作ったのでこの名前がついています。あの上杉謙信が戦場に出る時にはこの能面を使用したとか。目に金をはめ口を閉じる事で強い表情を表します。この男こそ、伝説上の人物と言われる、大盗賊集団の頭領、熊坂長範(くまさかちょうはん)。

しかし、どことなくユーモラスと言いますか、何かに対して目をひんむいて驚いているような顔です。何に対して驚いているのか?
能《熊坂》は、大盗賊熊坂が、霊となって現れ後世の弔いを願う様子を描いた、観ていて飽きない曲です。その曲の流れを少しお話しします。

①僧と、僧
旅をしている僧(ワキ)が、美濃国を通る。夕暮れ時、辺りが薄暗くなっていく頃、一人の僧(シテ)が声を掛ける。同じ格好をした者が二人・・・能の中でも非常に珍しいシーン。どことなく異様な空気が漂う。
その僧は、旅僧に対し、

シテ「今日はさる者の命日にて候弔ひて賜り候へ」

名前は明かさないが、ある者の命日だから弔って欲しいと言う。旅僧は勿論の事と引き受けるが、誰を弔うのかと尋ねる。しかし僧は、名を明かさない。

地「回向は草木国土まで洩らさじなれば別きてその 主にと心あてなくとも さてこそ回向なれ」

仏法は草木国土に至るまで分け隔てなく救いを与えるのであるから、その主を思わなくても、回向を受けて喜ぶ者がいたならば、それこそが主である、お経をあげてほしいと重ねて頼む。

②旅の僧を自分の庵に案内する その庵の中には・・・
その怪しい僧は、自分の庵に案内する。そこで不思議な光景を目にします。僧の庵なのに、仏像は一つもなく、その代わり長刀など武器が壁一面にひっしと並んでいます。(もちろん舞台には、庵の作り物どころか、その武器すら登場しません。皆様の頭の中で庵の中の雰囲気を感じてください。)
すると、僧は語りだします。

「この僧は未だ初発心の者にて候が ご覧候如くこの辺りは 垂井青墓赤坂とて その里々は多けれども 間々の道すがら 青野が原の草高く 青墓子安の森茂れば 昼とも言わず雨の中には 山賊夜盗の盗人等 高荷を落とし里通いの 下女やハシタの者までも
うち剥ぎ取られ泣き叫ぶ さやうの時はこの僧も 例の長刀ひっさげつつ 此処をば愚僧に任せよと 呼ばわりかくればげには又・・・」

自分がまだ出家したばかりである事、この辺りは山賊などが多く出るので、人が襲われ悲鳴が聞こえたら自分も武器を持って駆けつけるのだという事・・・。
そして、「仏も煩悩を切り捨てる阿弥陀如来の称名を利剣に例え、愛染明王は弓に矢をつがえるように、仏も時には武器を持って悪魔を降伏させる。私も僧でありながら武器で盗賊に立ち向かう事は人を助けるための方便である」と物語ります。※これはシテではなく、地謡が代弁。シテは舞台中央に座ったままです。

③シテ僧が姿を消すと・・・
やがて時も過ぎ、夜も深まっていく。僧は旅僧に向かい、ここで泊まりなさい。私も寝所で休みますと姿を消す。するとどうしたことか、さっきまであったはずの庵室もすっと消えて、旅僧はなんと草むらで一晩を明かしていたのであった。

④所の者が登場
そこへ、この地に住む者(間狂言)が通りかかる。旅僧は此の者に、昔この場所で悪事を働いたような人がいたか尋ねる。男は熊坂長範の事を話す。盗賊の大集団の大将だったが、都の商人三条吉次一行を襲撃した際、その中にいた牛若丸によって返り討ちに遭い命を落としたと。
先程の僧は熊坂の霊に違いないと確信した旅僧は、この地で弔いを始める。

⑤熊坂長範の霊が現れる

「東南に風立って西北に雲静かならず 夕闇の夜風激しき山陰に こずえ木の間や騒ぐらん」

夜風が激しく吹き、木々がざわざわと揺れる―――※ここでも視覚的な助けは何もありません。謡だけでこの夜の空気を感じてください。
鎧を身にまとい、長刀を持った熊坂の霊が僧の前に現れる。
熊坂は自分を弔ってくれる僧に対し、最期の有様を物語る。

⑥最期の有様を物語る
熊坂は床几に腰かけ(馬上で手下に指揮をとる態を表現)、物語る。

「さても三条吉次信高とて 黄金を商ふ商人あって 毎年数駄の宝を集めて 高荷を作って奥へ下る
あっぱれこれを取らばやと 与力の人数は誰々ぞ」

国々から集まった屈強の強者達。河内の覚紹、磨針太郎兄弟、三条の衛門、壬生の小猿、麻生の松若、三国の九郎・・・70人程の手練れが集まっている。※舞台には熊坂しか登場しません!
吉次一行が通る道を見張っており、彼らが赤坂の宿に泊まる事を知る。

商人吉次一行は、宴会に疲れてか、夜更け静かに眠っている。しかし、その中に眼光鋭い小男が、外で物音がするのを障子の隙間からじっと窺っている。

盗賊達は、その小男にも気付かず、皆我先にと松明を投げ込み投げ込み物凄い勢いで乱れ入る。
そこに先程の小男、そう、牛若丸が少しも恐れる気色なく、小太刀を抜いて渡り合う。

「獅子奮迅虎乱入 飛鳥の翔りの手を砕き 攻め戦えばこらえず 表に進む十三人 同じ枕に切り伏せられ
そのほか手負い太刀を捨て 具足を奪われ這ふ這ふ逃げて 命ばかりを逃るもあり」

熊坂はこの騒動に驚き、奴はいかさま鬼神か、人間にてはよもあらじと身を震わせる。盗みも、命あっての物種、退却しようと一度は考えるが、いや俺の秘術を使えばどのような者でもかなうまいと、討たれた同志の為にもと引き返す。
しかし牛若の強さ、身軽さは尋常ではない。熊坂の長刀を右や左とかわし、挙句は刃の上に飛び乗り、一瞬姿を失ったかと思えば鎧の隙間に斬り込まれる。

長刀ではこいつにはかなわない、熊坂は長刀を投げ捨て、手捕りにしようと組みかかる。しかし陽炎や稲光をとらえられないように、水に映る月の様に、姿を捕まえる事ができず、次第次第に弱り、負った傷も深まり、この松の下で力尽き命を落とす・・・。

「この松が根の 苔の露霜と 消えし昔の物語 末の世たすけ賜びたまえ」

どうか後世を助けて下さい。弔って下さいと言い、夜がしらしらと明けるにつれ熊坂の霊は赤坂の松蔭に消えていった。

……庵は登場しない、消え行く庵室のシーンで場面展開もない。朧月夜の風が吹きすさぶ夜は謡のみで表現し、70人もの盗賊集団も熊坂一人だけ。そして、大胆なことに、もう一人の主役、牛若丸なんてどこにも現れない。能らしい、余分を大幅に削る事で表現している曲です。お客様には不親切ですが、その分皆様の頭の中で、どのような庵なのか、どんな夜なのか、想像してください。

この曲の醍醐味は、長刀さばきです。曲のクライマックスでは、熊坂が長刀を奮い、所せましと動き回ります。
お客様はその熊坂の動きの向こうに、俊敏に飛び回る牛若丸を描いてください。

「討たれた時の熊坂の年齢は63歳だった。この曲を若い人が演じるのは非常に難しいんだよ」とある先輩が仰ったことがあります。
実は私はこの曲をもっと早くに勤める予定でしたが、事情あって演じないままでいました。63歳だからといって老いぼれて演じていては、牛若丸が見えてこない。かと言って軽い動きでは盗賊の頭領たる貫禄が出ない。

そしてまた、やはりみんなのヒーロー、牛若丸を登場させずにスポットを当てた点にも注目しなければなりません。
熊坂長範は、弱い者は襲わず、金持ちや身分の高い者しか盗みをしなかったとも言われています。その彼にヒーロー性を感じる方もいらっしゃるかもしれません。盗みという悪に立ち向かう牛若丸に期待を膨らませて鑑賞されるのも面白いと思います。皆様は、熊坂派、牛若派、どちらでしょうか……?

《道成寺》を終えた後、初めてのシテです。皆様是非お越しください。お申し込みは「大の会」チケット申し込みフォームよりお願いします。

「たにまち能」
日時:2017年1月7日(土)13時開演 ※「熊坂」は15時頃の予定です。
終了予定16時30分頃
於:山本能楽堂(大阪市中央区谷町)最寄り駅地下鉄 谷町4丁目駅④出口徒歩5分
入場券:一般券5,500円
内容:能《東北》今村一夫 狂言《附子》善竹隆司 能《熊坂》林本大 他仕舞

完売御礼!

かねてより皆様にご案内させていただいておりました、10月30日(日)山本眞義追善能は、おかげさまをもちましてチケットすべて完売致しました。沢山の方々にお声を掛けてくださり、ご支援いただきました。心より御礼申し上げます。

皆様のご期待にお応えできますよう、精一杯「道成寺」勤めさせていただきます。

また今回の公演に際し、ラジオや新聞など、各メディアに取り上げていただきました。その中から、10月5日大阪日日新聞様に記事を掲載して下さいましたものをご紹介します。

記者会見では師匠・山本章弘師と共に同席させていただきました。複数社お越し下さいまして緊張した中進行しましたが、途中章弘師が学生当時の私の様子などを話して下さいました。その中には本人の私が忘れているような話もありました。

能楽部の夏合宿で早起きし猫と遊んでいたこと、いつも自転車で能の会を観に来ていたこと、お金がないけど見に行きたい時は、わざと先生のおカバンお持ちして付き人のふりして楽屋に入った事……。

和やかな雰囲気に包まれて記者会見は終わりました。

あと2回「能活」!

「能活」について、少しお話しをさせていただきます。

昨年より始めさせていただきました、「休日の朝に能の勉強をしませんか?!」ということで、山本能楽堂で企画されました能のワークショップ。ありがたくも私が講師を担当させていただくことになり、先輩の前田和子さんと二人でずっと続けています。

「能活」という名前が面白い、新鮮だと皆様から好評で始まりましたが、どんな名前にするかは山本能楽堂のスタッフの方々とたくさん悩みました。

山本能楽堂は初心者の方向けのワークショップをたくさん行ってきました。「能活」は、その初心者の皆様を「中級者」に導けることができたら・・・そんな思いで毎回企画しています。(もちろん初心者のお客様も想定してお話しさせていただいております。)

一辺倒のワークショップにならないよう、実践も交えながら、シテのちょっとした所作や謡にも触れて毎回お話ししています。

例えば前回の「清経」という話では、自殺した平清経のお守りの受取りを拒否したはずの妻が、なぜかそのお守りを袖の中に入れる・・・。そういう不思議にも目を向けてお客様にお伝えします。

また、できるだけたくさんの資料を基にして、この曲のこの場面は、主役はどんな気持ちであるか、またそれがどのような舞台演出となってそれが演じられるのか……あらゆる側面から捉えるように努めます。どのようにしてお能を見ればいいのか、何を楽しめばいいのか、そのヒントになればと考えます。

もちろん、講師である私達は、不勉強だと務まりません。事前にしっかり勉強して当日に臨みます。

しかし、「能活」を始めて最近思うことがあります。私たちも勉強して新たに知ることもあるのですが、それよりもお客様の方がどんどんレベルアップされてらっしゃるように感じるのです。

初めの頃は、「これは説明しても難しいかな」と感じることが、今は「この難しい事を伝えてみよう」と思うようになった事。今は毎回40名様程お越しいただくのですが、そのおよそ半数が常連のお客様。回を重ねる毎に、私たちもお客様も能に対する理解が深まっていくのが手に取るように分かります。

お客様と共に歩んでいる、本当にそんな気が致します。次回の能活も皆様とお目にかかれることが楽しみです。
今クールもあと残すところ2回となりました。皆様是非お越しください。1回のみのご参加も可能です。

能活 今後の予定
10月2日(日)10:30~11:30 第7回「菊慈童の巻」秋を楽しむ~能楽堂で観菊会~
10月23日(日)10:30~11:30 第8回「鉄輪の巻」女が鬼になる時~小道具の力~
会場:山本能楽堂
参加費:1,000円
お申込み:山本能楽堂 06-6943-9454
又は「大の会」ホームページチケット申し込みフォームよりお申し込みください。

道成寺へお参り

先刻よりご案内申し上げております通り、10月30日(日)「山本眞義追善能」にて、能の大曲・秘曲であります《道成寺》を勤めさせていただきます。

8月31日、丸1日空けて、和歌山県の道成寺にお参りに行って参りました。大阪から電車で2時間以上かかるのですが、久しぶりの旅行気分と、やはり厳粛な気持ちも交錯しながら、昼過ぎに「道成寺駅」下車。参道に並ぶお土産屋も、するべきことを先にしなければと思い、釣り鐘饅頭食べたいのも我慢して。

道成寺の門にたちはだかる長い階段。能《道成寺》の中の「乱拍子」では、この長い階段を蛇体が登っている様だとか。今回はそれも意識しながら少しゆっくりと登りました。

ご住職にお目にかかり、ご祈祷をお願いしようと思った矢先の事。

「随分以前に、山本先生とお越し下さいましたね」とご住職。

……びっくりしました。そうです。実は私、まだ内弟子中の10年前に師匠のお伴で道成寺に伺った事があったのです。その時は師匠が《道成寺》のシテをお勤めなられる時でしたので、ご祈祷の場は師匠のみ。私は境内の目立たないところに控えておりました。もちろんご住職とはほとんど会話しませんでしたが、なんとその時の様子をご住職は覚えて下さっていたのです!

「あの時は議員秘書さんのようにずっと立っておられましたね。あの時のお姿が印象的でした。あの時はお構いできず失礼しました。」と仰っていただきました。

「あの時お付きで来られてた林本さんが今度はシテをされるのですね。よろこんで、つつしんで、ご祈祷申し上げます。」……そのお言葉に胸がいっぱいになりました。

道成寺のご本尊は千手観世音菩薩。文字通り千本もの手をお持ちです。手をかえ品をかえてそのたくさんの手が我々を守って下さる。

「能の《道成寺》もその手の内の一つのような気がするのです」とご住職がお話しくださいました。能の《道成寺》を勤める事がお客様と仏様の架け橋になる、そのような気持ちで舞台に臨んでいただきたい……なんとも高いハードルまで頂戴しました。

ご祈祷が済んだ後も、しばらくお寺にとどまり、ゆっくりと時を過ごしました。

先日のラジオ出演の桂春蝶さんや、道成寺のご住職。《道成寺》を勤めさせていただくにあたり、かようにたくさんの方から見守られている。

《道成寺》を勤めるにあたり師匠が下さいましたお言葉、「先生方や先輩方、そして多くの皆さんが大きな風呂敷を広げてくれている。君はその真ん中に降りてくればそれでいいんだよ」その意味を少しずつ実感する、そのような1日でした。

ラジオ出演しました!

ご縁を頂戴しまして、8月30日(火)午前11時頃、ラジオ関西「桂春蝶のバタフライエフェクト」に出演させていただきました。

落語家の桂春蝶さんとは、私が内弟子時代からお付き合いさせていただいております。

山本能楽堂で「上方伝統芸能ナイト」という催しがあり、能狂言以外にも、落語や講談、文楽や浪曲など幅広く伝統芸能を紹介する会で、始まってもう10年程になります。そちらにご出演いただいたのが桂春菜さん、後の桂春蝶さんです。

私の内弟子時代の頃、楽屋を走り回っている様子をよく知っておられる桂春蝶さん。今回の私の「道成寺」公演を大変喜んでくださいました。能「道成寺」の主役を勤めるということは、いわば「能楽師が能楽師として認めてもらえる試験」のようなもの。この大きな舞台に立たせていただく事を春蝶さんが知って下さり、すぐに私にご連絡いただきました。

「僕のやってるラジオにご出演していただけませんか?道成寺の事お聞きしたいです!」

…久しぶりの、そして突然の春蝶さんのメッセージに驚きました。

昔から、さほどよく話をしたという事はありませんでしたが、少し離れたところから温かく私を見守っていただきました。楽屋ではとても楽しく話をされるのに、いざ舞台となると急に眼が光る。いつも的確にご指摘をされ、また春蝶さん自身のお弟子さんへのまなざしは、厳しくも温かい、落語への姿勢、引いては今のこの国への憂い、そしてすぐそばにいる弟子への思い…。非常に視野を広くお持ちになられ、私も学ばせていただくところは多々ありました。

私が独立をし、地元の大正区で催しをすることになった時、私は舞台というものに意識の深いこの方に是非お越しいただきたいと、厚かましくも能の公演の司会に、出演を依頼させていただきましたら、快くお引き受けくださいました。それから5年間、続いてお越し頂きましたことは、今でも深く感謝いたしております。

しかしながら、どんどん落語界でビッグになっていかれる春蝶さん。お話しする機会も減り、少し寂しい思いもしながら、影ながら応援させていただいておりました。実は、こっそり落語会を拝見に伺ったこともありました。

その春蝶さんからのお誘い!本当に嬉しく思いました。

ただ、その久しぶりの春蝶さんとの会話が、広く世間に流れている!私はガチガチで当日を迎えました(その時の様子がこの写真です。私、ガチガチでしょう!?)。
上手く話せたかどうか分かりませんが、憧れの春蝶さんと少しでも時間を共有できたこと、とてもうれしく思います。そしてこの機会を作って下さったラジオ関西のスタッフの皆様、ありがとうございました。

私が「道成寺」を初演させていただくということで、たくさんの皆様が動いてくださっている。この事を胸にしっかり抱いて、命がけでつとめさせていただきます。

呼子子ども能教室の様子がテレビに出ます。

佐賀県唐津のケーブルテレビ「ぴ~ぷる放送」より、私が主宰しております「呼子こども能教室」の取材のお申し込みを受け、先日お稽古場の撮影がございました。

どのような質問をいただいてもきちんとお答えできるようにしよう!と意気込んでおりましたら、なんと、インタビュアーは、私が日頃教えているこどもたち!

実際にこども教室を体験している生徒さんによる、お稽古場の紹介ということで、ナレーションもこども達が担当しました。

私も少しだけインタビューしていただきましたが、私の事よりも心配なのは、撮影に慣れていないこども達の事。緊張しながらも精一杯つとめていました。

お稽古している様子を、こども達のナレーションで撮影。残念ながら地域の方しかご覧になれませんが、小さくも爽やかな勇姿達を是非ご覧ください。

彼らは今、来年3月5日の発表会に向けて一生懸命取り組んでいます。